乳房増大(豊胸)術の歴史と現在行われている方法のメリット、デメリット

 乳房への充填剤注入術は 1900 年前後にヨーロッパで始まった.当初は、液状のワセリンやパラフィンのような非吸収性充填剤が用いられたが,局所の異物反応や脳梗塞,肺塞栓(充填した物質が血液中を流れていき、脳や肺に詰まる)のような全身合併症のために,使用が禁止された.我が国でも 1950 年代からゲル状のシリコン(袋に入っていない製品)が美容目的の注入で用いられ,経過とともに変形,発赤,感染,硬結,石灰化,異物肉芽腫,皮膚浸潤などの合併症が報告され,1960 年代中期に袋状のシリコンインプラント(バッグ)が開発され,そちらが主流となった。

 1990 年代後半にウクライナと中国において新しい非吸収性充填剤であるポリアクリルアミドハイドロジェル(polyacrylamide hydrogel:PAAG)が開発され,手軽な方法として行わた.しかし、PAAG の体内移動(migration),感染,腫瘤形成などの難治性合併症の報告が相次ぎ、2006年には中国でも使用が禁止され、以降はほとんど用いられていないが、現在でも晩期合併症は発症している.

 国内では、いまだにアクアフィリング*(Biomedica. spol チェコ共和国)を吸収性充填剤であるとして、乳房増大に用いる医療機関があるが,韓国食品医薬品局(KFDA)は成分自体はPAAGと同様であり,実のところ、既存の非吸収性充填剤と違いないと報告している.そして韓国乳房美容再建外科学会はアクアフィリングに対し,「重大な懸念を表明し,長期安全性の十分な証拠が集積されて検証されるまで,豊胸術目的に使用することに明確に反対」するに至っている.しかし、アクアフィリングはロスデラインと名称変更され、同様の組成である製剤アクアリフトは、アクティブジェルに名称変更され、使用されている。日本では、日本美容外科学会(JSAPS)が使用に関して、反対の声明を出しています*。

 米国の食品医薬品局(FDA)や日本の美容医療関連学会は、いずれも、吸収性充填剤であっても充填剤(非吸収性はもちろんのこと)の使用を禁じる、または、控えるようにとの見解を発表していることを、ぜひ、知っておいてください。シリコンバッグは下記のようにトラブル時には取り出すことで治療できますが、充填剤は取り出すことができず厄介な難治性合併症を引き起こします。

 さて、現在、日本で行われている乳房増大(豊胸)術には、①シリコンバッグ挿入、②脂肪注入があります。しかし、残念ながら、関連学会の注意喚起にもかかわらず、手軽でダウンタイムが少ないことをメリットと主張して、③ヒアルロン酸注入を実施している医療機関があります。

 以下に、豊胸術のポイントを記します。

 ①シリコンバッグ挿入は、胸部または腋窩(わきの下)を切開しシリコンバッグを挿入。仕上がりは、希望の大きさと選択するバッグの種類によるが2カップ以上も可。メリットは、確実に増大が可能で、トラブルがなければ半永久的な持続性。破損や拘縮の際にはバッグごと取り出す。入れ替えも可能。デメリットは2-4㎝程度の切開が必要で傷が残る可能性がある。見た目や触感が不自然なことも。ダウンタイムは1-2週間とされていますが、実際にはしばらく体の違和感や不都合はあります。

 ②脂肪注入は、自身の脂肪を他の場所から採取して胸部に脂肪を注入する方法で、脂肪を採取した部分では部分痩せもある程度は可能。仕上がりは、自然な見た目とやわらかい感触。増大の程度は1~2カップ程度。ただし、実際に脂肪が乳房に定着する生着率40%(通常の注入)~80%(コンデンスリッチファット注入、脂肪幹細胞注入)と決して高くない。半年以上生着すれば長期間持続することもある。ダウンタイムは約1~2週間。概して、瘦せ型のもともと脂肪組織の少ない体質の方は脂肪採取が難しく、かつ、生着率も低い傾向にあるようです。

 世界中で行われている豊胸術ですが、欧米では確実なバストアップを目指す方が多く、小さな傷は気にしないし、豊胸したことを知られたくないという意識も低いようです。むしろ、希望するサイズのシリコンバッグを入れて、「どう?大きいバストになってカッコいいでしょう」くらいの感覚です。日本で豊胸術を選択する際には、ダウンタイムの短さや注入だから安全(決して安全ではない!)ということが理由になるようですが、脂肪以外の注入(ヒアルロン酸や他の吸収性・非吸収性充填剤)を行っている医療機関は、あなたのクリニック選びの候補から除いたほうがよさそうです。クリニックのホームページなどで、その違いを知ることができます。繰り返しますが、シリコンバッグまたは脂肪注入がお勧めです。

乳がん検診はどなたでも受けるべき検診ですが、豊胸術後には必ず受けましょう。豊胸術を行った医療機関がよいかもしれません。

*写真は 豊胸手術用のシリコン製インプラント。仏パリ北部のボワッシーライエリーで(2012年1月12日撮影、資料写真)。(c)AFP/MIGUEL MEDINAから。

*日本美容外科学会: 美容医療診療指針 https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00749

*日本美容外科学会(JSAPS) 「乳房増大のためのアクアフィリングの使用に関する声明」https://www.jsaps.com/docs/info/170418_fulltext_jp.pdf

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この記事を書いた人

代表紹介 今野良 
医師 (自治医科大学卒業)
医学博士 (東北大学)
Prof. Ryo Konno, MD, PhD
臨床医・研究者としてのキャリアと実績

所属・学会・研究員
自治医科大学総合医学第2講座(産婦人科)教授
日本産婦人科学会(専門医)、日本婦人科腫瘍学会(専門医)、日本産婦人科内視鏡学会(理事、技術認定医)、日本臨床細胞学会(専門医)、日本エンドメトリオーシス学会(理事)、日本婦人科がん検診学会(2012年学術集会長)、日本美容内科学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本産婦人科医会、日本医学旅行学会
Asia-Oceania Research Organization in Genital Infection and Neoplasia (AOGIN アジアオセアニア生殖器感染および腫瘍研究機構、日本代表理事、2017年東京大会会長)
Aesthetic &Anti-Aging Medicine World Congress(世界美容・アンチエイジング医学会)
Wold Endometriosis Society (世界子宮内膜症学会)
NPO子宮頸がんを考える市民の会(理事長)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究班員
独立行政法人医薬基盤研究所霊長類医科学研究センター(UNIBIOHN)客員研究員

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