「やる気が出ない」「集中力が続かない」「気分が落ち込む」…。誰もが経験するこれらの悩みは、脳内の神経伝達物質であるドーパミンやセロトニン、そして記憶や学習に重要な役割を果たす脳全体の連携によって生まれます。
1. ドーパミン – 意欲と快感の源
ドーパミンは、目標達成や課題克服などに伴い分泌される神経伝達物質で、「快感」や「喜び」を学習意欲を感じさせてくれる役割を担っています。ドーパミンが分泌されると、私たちは「もっと頑張ろう!」という意欲や、目標に向かって行動するモチベーションを高めることができます。報酬を期待したり、予測したりする際に多く分泌されるようです。
ドーパミンは、脳の腹側被蓋野という部位から分泌され、側坐核や前頭前皮質などに作用します。側坐核は報酬系の中枢であり、ドーパミンを受け取ることで快感や満足感を感じます。前頭前皮質は、思考や判断、行動計画などに関わる部位で、ドーパミンはこれらの機能を活性化させます。
ドーパミンは単に「快感」を与えるだけでなく、「予測」 とも深く関わっていることが明らかになっています。目標達成を「予測」することでドーパミンが分泌され、その「予測」が外れるとドーパミン分泌が抑制されるのです。
2. セロトニン – 心の安定と幸福感
セロトニンは、気分や情動の調節、睡眠、食欲、体温調節など、様々な精神安定作用に関わる神経伝達物質で、「幸福感」や「安心感」、落ち着きなどをもたらします。セロトニンが不足すると、不安やイライラ、抑うつ状態に陥りやすくなります。
セロトニンは、脳の縫線核という部位から分泌され、脳全体に広く作用します。扁桃体(情動に関わる部位)に作用することで、不安や恐怖を抑制し、前頭前皮質に作用することで、理性的な思考や判断を促進します。
また、海馬における神経新生 を促進する働きも持ちます。神経新生とは、新しい神経細胞が作られることで、学習や記憶能力の向上に繋がります。
3. 海馬 – 記憶と学習の司令塔
海馬は、脳の側頭葉に位置する器官で、エピソード記憶(個人的な経験や出来事に関する記憶)の形成や空間学習能力に重要な役割を果たしています。
海馬は、ドーパミンやセロトニンからの情報を受け取り、記憶の固定化や想起を制御しています。海馬は ストレス に脆弱であることが明らかになっています。慢性的なストレスに晒されると、海馬の神経細胞がダメージを受け、記憶力や学習能力が低下する可能性があります。
4. 脳の各部位の連携プレイ
ドーパミン、セロトニン、そして海馬、扁桃体、前頭前皮質などは、互いに影響を与え合いながら、「やる気」「集中力」「幸福感」などを生み出しています。例えば、ドーパミンは前頭前皮質のワーキングメモリ(情報を一時的に保持し、処理する能力)を向上させることで、集中力を高めます。また、セロトニンは扁桃体の活動を抑制することで、不安や恐怖を軽減し、冷静な判断を促します。
5. 「やる気」と「幸福感」を高めるために
- 目標設定: 達成可能な目標を立て、それを達成することでドーパミン分泌を促し、「やる気」を高める。
- 運動: 適度な運動は、セロトニンの分泌を促進し、ストレスを軽減する効果がある。
- 日光浴: 日光を浴びることでセロトニンの合成が促進され、体内時計を整える効果も期待できる。
- 質の高い睡眠: 睡眠不足は、脳全体の機能を低下させるため、十分な睡眠時間を確保することが重要。
- バランスの取れた食事: 特に、トリプトファン(セロトニンの原料となるアミノ酸)を多く含む食品を摂取する。
- ストレスコーピング: 趣味やリフレッシュなど、ストレスを解消するための方法を見つける。
- 瞑想: ストレスを軽減し、集中力や注意力を高める効果がある。
- 学習: 新しいことを学ぶことは、脳全体の活性化に繋がり、認知機能を予防する効果も期待できる。
おわりに
意欲と快感、心の安定と幸福感をもたらしてくれるドーパミンとセロトニン。私たちの健康に多くの関与をしていることがわかりますね。単なる「幸せホルモン」以上のものです。
私たちが、自分のドーパミンとセロトニンを増やしたり減らしたりすることは難しいことです。うつや様々な精神状態の変化の際には、これらをコントロールする薬が処方されますが、それが必ずしも解決につながるわけではありません。ただし、少なくとも以下のことが言えるのは間違いないでしょう。
例えば、勉強嫌い(そもそもこの言葉が変)の子供に「勉強しなさい」と叱っても、決してドーパミンもセロトニンも分泌されないこと。勉強ではなく仕事でも、子供ではなく周りの大人でも、同じです。何かに向かって努力し、「頑張れば出来そう、出来た!」と記憶し、「やったー」と幸福を感じることで、次の目標達成、課題克服に繋がります。やる気も幸福も好循環にするか、悪循環にするか、簡単ではないけど少しできそうな気がしませんか?
*図は霊長類の縫線核: DRN: 背側縫線核 (dorsal raphe nucleus); MRN: 内側縫線核 (median raphe nucleus); NRM: 大縫線核 (nucleus raphe magnus); NRP: 淡蒼縫線核 (nucleus raphe pallidus); NRO: 不確縫線核(nucleus raphe obscures) AC: 前交連 (anterior commissure); CC: 脳梁 (corpus callosum); Am: 扁桃体 (amygdala); CB: 帯状束 (cingulum bundle); DG: 歯状回 (dentate gyrus); DRCT: 背側縫線核皮質路 (dorsal raphe cortical tract); F: 脳弓 (fornix); H: 視床下部 (hypothalamus); Hipp: 海馬 (hippocampus); IC: 内包 (internal capsule); IP: 脚間核 (interpeduncular nucleus); LC: 青斑核 (locus coeruleus); MB: 乳頭体 (mammillary body); MFB: 内側前脳束 (medial forebrain bundle); OB: 嗅球 (olfactory bulb); S: 中隔 (septum); SM: 髄条 (stria medullaris); Str: 線条体 (striatum);
*セロトニン神経系 – 脳科学辞典から引用https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB
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