顔面のシワ・タルミにヒト塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)添加多血小板血漿(PRP)療法は有効か? PRP+bFGF PART2

今回は、PRP+bFGFについて。

まずは、結論から。

前回も、ご紹介しましたが、日本の美容関連5学会が共同で発行している美容医療診療指針の推奨度と推奨文には、以下のように記されています。

 推奨度:行わないことを弱く推奨(提案)する

 推奨文:bFGFを添加した自家由来 PRP の注入療法は安易には勧められない.注入部の硬結や膨隆などの合併症の報告も多く,bFGF の注入投与は適正使用とは言えない.

 また、有効性はあるものの、安全性を保証できず、承認状況には本邦では未承認で適応外使用(海外では製品自体が承認されている国はほどんとない)となっています。

 さて、詳しい説明に入ります(詳細を省きたい方は下段へ直行していただいてOK)。PRP+bFGFとはなにか?血小板血漿(PRP: Platelet Rich Plasma)ヒト塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF:basic Fibroblast Growth Factor)を添加して行われる治療です。つまり、PRPにbFGFを加えることで、両者の作用を相乗効果によってさらに強力に発揮するように意図されています。医学や生物学の知識を持たない一般の方には、全く未知な言葉の連続で恐縮ですが、概略のみを以下に記します。

 ここで取り上げているbFGFは日本で開発、商品化された優れた薬品(フィブラスト®スプレー)を指し、褥瘡、皮膚潰瘍(熱傷潰瘍、下腿潰瘍)に使用することは、保険承認されています。その作用機序は、血管内皮細胞、線維芽細胞等に存在するFGF受容体(FGFの刺激を受けて機能する)に特異的に結合し、血管新生(新しい血管を作る)作用や肉芽形成促進作用等を示すことにより、褥瘡、皮膚潰瘍に対して治療効果を示します。肉芽とは、外傷や炎症で組織が欠損している部分にできる新生組織のことです。肉芽は毛細血管に富んだ結合組織で、肉眼では赤い肉状にみえるため「肉芽」と呼ばれています。体の組織に傷(特に組織が大きく欠損した傷)ができると出血や凝固、炎症を経て、肉芽組織が形成されます。肉芽組織では血管新生が起き、傷に栄養が送られます。肉芽組織が増殖すると、傷口を縮め(埋め)て治そうとします。その後、肉芽がある程度、皮膚面の高さまで上がってくると、周囲の表皮組織が伸び、傷口を覆います。もちろん、通常の生体内にも血管内皮細胞、線維芽細胞、bFGFのいずれも存在します。つまり、大きな深い傷で、火傷や全身性疾患、栄養不良、血行不良があり、化膿しているなどの普通の治療法では治らない重症の傷に対する特殊な治療法で、普通の傷に用いる方法ではありません。

承認されている使用方法は、写真(膝の皮膚潰瘍)のように欠損した組織の治癒を促すために、傷の表面にスプレーで投与しています。注射器で組織に注入するという方法ではありません。図は、傷の断面を表しています。

さて、本題に戻ります。美容医療におけるPRP +bFGF混合物を顔面のシワや陥凹変形に対して注入する治療は症例集積研究での患者満足度は高かったそうです。しかし、何よりヒトへの注入投与についての有効性・安全性は確立されておらず,適正使用とは言い難い状況です。合併症としては,注入後の硬結や過剰な皮膚隆起をきたすことが報告されています(今回のコブダイ様の隆起)。日本美容外科学会(JSAPS)会員に対するアンケート調査の結果では、このような注入部の硬結や膨隆のおよそ4割がPRP +bFGF の混合注入によるものであったそうです。美容医療診療指針では、安易には勧めることのできない治療であり,実施するにあたっては厳重な注意を要するとされています。

例えれば、PRP 自体が通常の生体内に存在する多種の細胞増殖因子(PDGF,TGFβ,VEGF など)を高濃度で含むようにしたもの(方向性の定まらないアクセル)であり、そこに、さらにbFGF(加減のできないアクセル)を注入するという方法で、限られた閉鎖空間に肉芽組織脂肪組織の増殖を促している。従って、これらによって具体的にどの程度の効果(主作用であるシワの軽減と副作用である組織の膨隆。実際には両者は同一の現象で本人が望む程度かそれを超える程度かの違い)が起き、どれだけ持続するかは不明である。PRPの物足りない効果に満足できず、bFGFを添加するという方法は理論的には頷けますが、まだシワやタルミが問題でない時期に、このような手技で期待を裏切られる結果となり、それを、修正するための費用や体の負担を考えると、とくに、若年者においては避けるべき治療と思います。

*本記事では、フィブラスト®スプレーの本来の使用法以外の注入療法に対して懸念を示したものです。フィブラスト®スプレーは、難治性の皮膚潰瘍にとって重要な治療手段です。前にも書きましたが、医療における適応禁忌を使い分けることが重要です。本剤の禁忌は悪性腫瘍への投与(悪性腫瘍が増殖因子によってさらなる増大や転移を起こす可能性がある)が記されています。

*製薬会社(メーカー)の意図しない、あるいは、国の承認を受けていない適応外使用は、時に自由診療(美容医療業界など)では散見されます。その場合、医師とクライアント(患者、お客様)との間で合意があっての使用とみなされます。医師の不十分な説明とクライアント側の期待の食い違いを避けるためにも、正しい情報へのアクセスと納得のできるコミュニケーションが重要です。

*フィブラスト®スプレーの情報はこちらから:https://www.fiblast.jp/top.html

*美容医療診療指針はこちらから。https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00749/

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この記事を書いた人

代表紹介 今野良 
医師 (自治医科大学卒業)
医学博士 (東北大学)
Prof. Ryo Konno, MD, PhD
臨床医・研究者としてのキャリアと実績

所属・学会・研究員
自治医科大学総合医学第2講座(産婦人科)教授
日本産婦人科学会(専門医)、日本婦人科腫瘍学会(専門医)、日本産婦人科内視鏡学会(理事、技術認定医)、日本臨床細胞学会(専門医)、日本エンドメトリオーシス学会(理事)、日本婦人科がん検診学会(2012年学術集会長)、日本美容内科学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本産婦人科医会、日本医学旅行学会
Asia-Oceania Research Organization in Genital Infection and Neoplasia (AOGIN アジアオセアニア生殖器感染および腫瘍研究機構、日本代表理事、2017年東京大会会長)
Aesthetic &Anti-Aging Medicine World Congress(世界美容・アンチエイジング医学会)
Wold Endometriosis Society (世界子宮内膜症学会)
NPO子宮頸がんを考える市民の会(理事長)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究班員
独立行政法人医薬基盤研究所霊長類医科学研究センター(UNIBIOHN)客員研究員

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