5.適応や禁忌を守ること
6. クライアント(患者さん)とよいコミュニケーションが取れること
前回に続いて、5)、6)について記載します。
医学・医療において適応とは、治療、投薬、手術や検査など医療行為の正当性、妥当性を意味します。適応の反対は禁忌であり、治療のリスクが明らかに利益を上回るため、その医療行為を差し控える理由です。例えば、子宮頸がんの治療を例にすると、進行した患者さん(臨床進行期4期で既に肺に転移がある場合)では、原発巣(もとの病気が発生した場所、つまり子宮)を取る手術は行いません。それは、すでに肺にまでがんが転移している状態では、仮に手術で子宮のがんを切除しても、病気は治ることはなく、むしろ、手術によって体力を失い、本来であれば選択すべき、抗がん剤や放射線などの治療を行う時間を逸してしまい、全身のがんは進行してしまうので、よい治療とは言えません。したがって、この場合、適応がないといえます。
一方、妊娠中は順調に経過して、出産の時期になり陣痛が起きました。妊婦さんは丸1日を超えて、2日目も強い陣痛にも負けずに頑張っていましたが、一向に生まれる気配がなく体力の喪失も大きくなっています。胎児が産道に比べて大きく、分娩が遷延し、停止に至ってしまった状態です。胎児は心拍数のモニターを継続されていましたが、途中から胎児が元気(well-being)でないと判断される徐脈(心拍数の減少)が、頻発するようになりました。このままでは、元気な赤ちゃんの経腟(腟からの正常な)分娩は無理と判断されて、緊急帝王切開術が行われることになります。これが、帝王切開術の適応です。
禁忌については、医療の正当性から判断して、やっていはいけないことです。例えば、30歳女性でこれから妊娠・分娩を希望しているにもかかわらず、良性疾患(子宮筋腫や内膜症などの生命に直接かかわらない病気)を理由に子宮全摘術(子宮を全部取ってしまうこと)を行ってしまっては、もう子供が産めませんので禁忌です。しかし、もし、この女性が子宮頸がん(治療しない場合には命を失ってしまう悪性疾患)に罹患していて、子宮を切除することによって完治する見込みがある、また、それ以外の方法では完治する見込みがない場合には、妊孕性(妊娠する能力)と女性の命の重さを比較判断して、妊孕性を失うことになっても手術(あるいは放射線治療)が適応となります。
禁忌には絶対的禁忌と相対的禁忌があり、リスクの程度によって分けられます。絶対的禁忌:手術を行うことで、患者さんに極めて重大な害が生じる可能性が非常に高く、いかなる状況下でも避けるべき場合を指します。相対的禁忌:手術による利益がリスクを上回る可能性がある場合に、慎重な判断のもとで行うことができる禁忌です。患者の状態やリスク、手術の必要性などを総合的に評価し、医師が判断します。このように適応や禁忌は患者の状態、ライフスタイル、手術の種類、患者さんの状態などによって異なります。上記はあくまで一般的な例であり、個々の患者さんにとっての手術や医療(投薬も)を受けるかどうかは、担当医と患者さんが十分に話し合い、リスクとベネフィットを比較検討した上で、最終的に決定されます。そのためには、必ず事前に医師に、既往歴、現在の健康状態、服用中の薬、生活上の課題や問題点などを伝えてください。
美容医療において、「患者」と「クライアント」という言葉は、サービスを受ける人を指す言葉として使われますが、それぞれ微妙なニュアンスの違いがあります。
患者
- 医療行為の対象: 病気や怪我など、健康上の問題を治療することを目的とした医療行為を受ける人を指します。
- 医師との関係性: 医師の指示に従い、治療を受けるという、比較的受動的な立場であることが多いです。
- 使用場面: 保険診療で行われる医療行為を受ける場合や交通事故や災害時に用いられることが多いです。
クライアント
- 美容サービスの利用者: 美容的な目的で、医療機関やエステティックサロンなどが提供するサービスを受ける人を指します。
- 医師との関係性: 医師と相談しながら、希望する施術や治療法を選択する、より主体的な立場であることが多いです。時に、医師に対しての要望が過度となり、要求度や期待度が高くなりすぎることがあります。
- 使用場面: 美容クリニックやエステティックサロン(この場合は、お客様が多い)など、美容サービスを受ける場合に用いられることが多いです。形成外科には事故や火傷、先天性疾患などの病気やケガの患者が含まれますが、美容外科では患者というよりも、クライアントの要素が高くなります。
美容医療における言葉の使い分け
- 医療行為が中心となる場合: 手術や注射など、医師免許が必要な医療行為を受ける場合は、「患者」と呼ばれることが多いです。
- 美容サービスが中心となる場合: エステティック施術や美容点滴など、医療行為以外のサービスを受ける場合は、「クライアント(あるいはお客様)」と呼ばれることが多いです。
近年では、患者中心の医療の考え方が広まり、美容医療においては患者を「クライアント」と呼ぶクリニックが増えています。これは、患者が自身の美容や健康について積極的に関与し、医師と協力して治療方針を決めることを重視する姿勢の表れと言えます。
大切なことは、患者であってもクライアントであっても、医師あるいは医療関係者と良好なコミュニケーションを築き、両者にとって納得できる医療や施術を受けることが共通に目指したいゴールです。そのためには、医師側はリスクとベネフィットをきちんと提示して、わかりやすく説明して了解を得ること、患者・クライアント側は、自分の希望だけではなく、医療行為の適応と禁忌、限界を理解すること、自分の合併症(持病や基礎疾患)、服用薬、治療歴(それまでに行った過去の治療や施術内容)、仕事や生活環境、今後のライフスタイルなどを正直に包み隠さず情報提供することが重要なポイントになります。ぜひ、参考にしてください。
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